リレーエッセイ

私と漢方との出会い

私と漢方との出会い

リレーエッセイ | 第44号投稿記事(2026年3月)  沼田 朋大 先生

私と漢方との出会い

沼田 朋大

秋田大学大学院医学系研究科
器官・統合生理学講座 教授

 私は長いあいだ、漢方という存在を横目で見ながら研究を続けてきました。多くの研究者からは、「漢方は複雑すぎて分からない」「あまり足を突っ込まないほうがいい」という声も聞きます。確かに、漢方薬に含まれる成分は多く、標的も一つではありません。単一分子・単一受容体で説明する現代薬理学の枠組みからすると、扱いづらいテーマであることは否めません。
 私は生理学を専門とし、イオンチャネルやカルシウムシグナルといった分子機構を通して生命現象を理解しようとしてきました。複雑な現象をできるだけ明確な言葉と数値、理論で説明することを心がけています。だからこそ、多くの人が「確かに効いている」と実感している漢方を、分からないままにしておくことに違和感を覚えました。その疑問を明らかにしようと決めたことが、私の漢方研究の出発点です。
 漢方は複数の生薬から構成され、多層的に生体へ働きかけます。その作用は、特定の標的を強く抑え込むというよりも、揺らぎの中にある生体のバランスを整える方向にあるように感じられます。カルシウム動態、酸化ストレス、細胞容積調節、生体は常に複数の因子が絡み合う動的な系です。そう考えると、漢方の多標的性は決して非科学的ではなく、むしろ生理学的であるとさえ思えてきます。
 さらに近年の私たちの研究からは、漢方薬が作用する標的の一部は、西洋薬とは異なる場所に位置している可能性も見えてきました。その過程で、従来あまり注目されてこなかった生理機能や調節機構が浮かび上がり、漢方を手がかりに新たな生命現象を深く学ぶことができるようになりつつあります。漢方研究は、単に伝統医学を説明する試みではなく、生理学そのものを拡張する契機にもなり得ると感じています。

 思い返せば、漢方は子どものころから身近にありました。家族が当たり前のように用い、生活の中に溶け込んでいました。そして自身の家系をたどれば、かつて漢方に携わっていた有名な先祖がいたことも最近になって知りました。研究の道を選んだことは偶然かもしれないですが、漢方というテーマに自然と引き寄せられたのは、どこか必然めいたものを感じています。
「なぜ効くのか」に答えること。それが、私にとっての漢方との出会いであり、これからも続く問いです。